雄大な姿形、勇猛な飛翔。鳥類の王と称えられるワシに、人が崇高なものを感じるのは洋の東西を問わない。石器時代スペインの洞窟遺跡彫刻には早くもイヌワシが描かれている、
 日本でも万葉集に歌われるのをはじめ、数々の伝説が残されている。しかし、長い間、イヌワシの生態については謎の部分が多く、日本で本格的なイヌワシの生態観察が始まったのは昭和50年頃からのことである。
 イヌワシはワシタカ科の猛禽類に属する大型の山ワシで北半球に広く分布し、日本では本州、四国、九州の山岳地帯に生息する。国の天然記念物であり、また絶滅の恐れがあるため特殊鳥類に指定されてはいるが、現在その数は約300羽までに激減している。そして、その生息域は自然破壊が進むと共にますます狭められているのだ。
 この映画は謎の多いイヌワシの生態を記録、解明することを目的に始まったが、七年間に及ぶ撮影でもっとも明らかになったのは、彼らが生息するためにはどれだけ広大な自然を必要とするかということであった。
 日本最強の猛禽といわれるイヌワシが生きた糧を得るために、どれだけ多くの時間を費やし、どれだけ広い範囲の山野を飛翔するのか。彼らのハンティング行動を本格的にとらえた初めてといってよい貴重な映像が、イヌワシの置かれた厳しい状況を雄弁に物語っている。アッという間の素早さで急降下、急上昇し、何処へともなく飛び去ってしまうイヌワシ。だが、一度その豪快な飛行を目にした者にとって、それは永遠の出会いとなるといわれる。その姿、その飛翔、それは他のなにものによってもかえることのできない感動を人に与えるからだ。
 「イヌワシ 風の砦」は。巣作り、巣立ち、狩り、兄弟殺しなど、イヌワシの謎を解明する貴重な生態記録であると同時に、誇り高い彼らの野生の王国から私たち人間に宛てられた、自然との共生への、鋭く静かなメッセージでもある。