『水辺の鳥』三部作に寄せて
加藤幸子
 私が野鳥に関心を抱いたきっかけは、住まいが東京都区内にあったからである。もちろん子供のころから生き物は大好きで、野外に出ては動植物を観察する習慣はあったが、〈鳥〉が私の身辺に入りこんだのはかれこれ二十年ほど前からだ。
 自分の家のある区域の海側に、当時はまだ利用されていない埋立地があった。ふとしたことから、自然観察の仲間たちとこの人工の土地に行ってみて、私は驚喜した。造成してから七、八年たっていた埋立地には水と緑が広がり、たくさんの生き物たちがそこをすみかにしていた。私が〈鳥〉の代理人になる決心をしたのは、そのときだった。仲間の人たちと執念深く交渉をつづけ、幸いにも野鳥生息地は野鳥公園として残った。
 今回三部作を観て、私はなつかしい思いに駆られた。ここに登場する野鳥のほとんどが、おなじみの顔ぶれだったから。カモ類、カモメ類、春秋に多いシギとチドリ。どの鳥もそれぞれ独特の美しい羽色をしていることに、あらためて気づく。双眼鏡の中ではむしろ地味で暗い感じのシギ類が、スクリーン上では何と晴れやかで繊細な姿をしていることか。きっとシギ同士の目には、そのようにいつも映っているにちがいない。
 『渡り鳥たちの干潟』で感心したのは、鳥たちの様々な採食法を克明に追ったシーンである。長かったり、短かったり、曲がっていたり、まっすぐがったり、平たかったりする鳥のくちばしの形の違いが、主にとる食物と密接に関連していることがよくわかる。谷津干潟の夕暮れの情景とともに印象深い場面であった。
 『多摩川野鳥記』も身近な自然の意外な多様性を実感させてくれる。排水で汚れた都市の川に戻ってきた翡翠色の狩人、カワセミの未来がとても気にかかる。これからも激しい環境の変化に、鳥たちは耐えてくれるだろうか。それとも最後には人間中心の世の中に愛想をつかして去っていくのだろうか。
 『ガンの飛来地』は、鳥と人間の共存のあり方をもっと強く私たちに突きつける。あの雄大な渡り鳥を保護する価値と、特定の沼に集中して飛来することから生ずる幾つかの問題点をどう調整するのか…。
 けれどもこれらの映画は、何よりも私たちの傍にいる鳥たちの紹介に力を注いでいる。私たちが映画の鳥の美しさ、面白さに心動かされれば、回りにある現実の自然を眺めてみようという気持ちになるだろう。そのとき目にとまった一羽の鳥が、思いがけない灯火を人生にもたらすことだけは確実だ、と私は信じている。
◇加藤幸子
作家
「夢の壁」で芥川賞受賞
日本野鳥の会理事委員
大井埋立地の野鳥生息地保護運動の代表を務めた