監督奮闘記 2012
 新作映画『福島・生きものの記録』に取り組んでいます。

 今年4月、警戒区域解除となった福島県南相馬市小高地区へ行った。2011・3・11。東日本大震災につづく東京電力福島第一原子力発電所の爆発事故。被災したその現場の一つへ。

 大津波で無残に破壊された防潮堤。瓦礫の山々。倒壊した電柱、家屋。水没した田んぼ。立ち入り解除となったとはいえ人影はほとんどない。電気は通じているが上下水道などインフラが未だ整備されてない。それゆえ宿泊は禁止。目処の立たない帰郷。人々は無残な姿の我が家の前でただただ立ちすくみ途方にくれる。

 
  「森林総合研究所」の森の生物調査(川内村)
 いまでも放射線量の高い警戒区域、浪江町へ向かう道路はどこも封鎖。その境界にある山麓の牧場に行き当たる。牛を殺すな!看板の数々。国の殺処分指令に抗し、今でも放射能に汚染された300頭余りの牛を育てる牛飼いがいた。支援者、サポーターたちの姿も。だが、牛飼いたちは生かす意味を問いつづけ苦悩する。
 気になる生きものたちの姿を追った。捨てられたであろう草むらのネコ、キジやカラスといった野鳥。5月には無人の人家の軒下でたくさんのツバメが巣を作り、雛をかえしていた。チェルノブイリではツバメの異常個体が発生している。一見何事もないかのように暮らす生きものたち。しかし、被曝し、汚染された食べ物を日々食するこれらの生きものたちに、これから何が起ころうとしているのか。今のところ、それは誰にも予測がつかない。

 長年、日本列島に生息する野生動物の生態を視つめ、またその環境の有り様を記録し映画をつくってきた一人として、果たして自分に何ができるだろう。放射性物質に汚染された環境のもとに生きる野生動物たち。この先どんな未来が待っているのか。想像を超えた現実にこの一年、自問してきた。
 だが、2回、3回と現場に通いカメラを回すにつれ、この現実を映像に残さねばという思いを強くした。すべて初めて体験することばかり。いますぐ答えなどない。それでもとにかく記録することからはじめようと。これまでの私の拘りからやはり生きものたちに焦点を当てる。もちろん今回の場合、野生動物だけではなく、植物、家畜、ペット、人間をも含めすべてのを視つめていく。

「ふくしま・希望の牧場」で飼われている牛たち(浪江町) 

 黒澤明監督の映画に「生きものの記録」という作品がある。アメリカの核実験、ビキニ環礁で被爆した第五福竜丸が題材。放射能の恐怖と不安に怯え、次第に妄想を抱くようになる親父とその家族が辿る悲惨な物語。親父を三船敏郎が演じている。タイトルは巨匠の作品からヒントを得た。

 おそらくこの記録は長期にわたるだろう。今年で事故後26年目を迎えたチェルノブイリ。生物の調査を始めたのは事故から10年経ってからだ。その科学者たちが言う。放射能の汚染地帯で野生の動物たちがどうやって生き延びてきたのか?その疑問に、長年の調査を経た今でも解ってきたことはまだほんの数%に過ぎないと。

 日本の科学者たちはすでに活動を始めている。私にとって、古希を過ぎての未知への挑戦となるが、科学者、研究者、そして支援者の協力を仰ぎながら、体力尽きるまで撮り続ける所存。少なくとも、まずは5年間を目標に。
この映画が脱原発の一助となることを願い、完成の暁には映画を未来を担う若者、子どもたちに捧げたい。

2012年9月  
監督 岩崎雅典 


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